2026年10月9日
『ルポ路上生活』への抗議声明
株式会社KADOKAWA 取締役代表執行役社長CEO夏野剛様
株式会社彩図社 代表取締役 山田有司様
國友公司様
2021年12月、KADOKAWAより國友公司著『ルポ路上生活』(以下、本書)が出版され、2023年12月、加筆修正の上、彩図社より文庫本化されました。
本書は、東京五輪開催期間中において「ホームレスは一体、どういう生活をしているのか」を取材するためと称し、野宿者が集住する東京のいくつかの場所で著者が野宿し見聞した内容をまとめたものです。
私たちは、本書の続編ともいえる『ルポ 路上メシ』(2025年11月双葉社刊行)が野宿者に対する重大な差別・人権侵害であると考え、今年5月1日に抗議声明を公表し、5月10日までに47団体・804名からの賛同を得ました。7月16日、双葉社は謝罪文を公表し、『ルポ 路上メシ』の書店からの回収・図書館に対する返品要請・電子書籍およびオーディオブックの配信停止を行っています。
※『ルポ 路上メシ』お詫びと回収、電子配信の停止について」(2026.07.16)
https://www.futabasha.co.jp/news/301
私たちは、本書が『ルポ 路上メシ』と同様、多くの問題を持っていると考えています。
1,同意なき取材と公開
著者は、著者の近辺で野宿している人や炊き出しで出会った人などとの会話を自分の立場・目的を隠して録音し、そこで得られたプライバシーを含む情報を相手に確認も許可を得ることもなく使用して、本書を執筆しました(※)。その中には、寝場所・容貌・年齢などの個人を特定しうる情報ほか、かなり強いプライバシーの暴露も含まれています。
出版社は、著者のそれらの手法を知りつつ、本を公刊しました(※※)。
通常の書籍であれば、取材時や公刊時に取材対象者による内容確認や同意の取得が行われるはずです。それが行われず、その努力さえなされていないことは、情報にアクセスしづらいため刊行に気づきにくく、刊行と自らの個人情報の暴露に気づいても声をあげづらい野宿者の社会的脆弱性につけこみ、野宿者の人権を軽んじ、尊厳を踏みにじる差別であると考えています。
※ 唯一の例外として、手配師に対するインタビューで著者は立場を明らかにしています。
※※ 本書には、「私はこの二ヶ月間の間、路上で会った人々には取材であることを誰にも伝えてこなかった。嘘をつき通し、ホームレス対ホームレスという立場で関係を築いてきた。」ほかの記述があります。
また、文庫本のあとがきにおいて、以下のように著者は書いています。
「余談であるが、○○○のAさんのもとには単行本が発売された後すぐに会いに行っている。その時にAさんから『二度と来ないでくれ』と忠告されてしまった。」(地名は○○○に、ニックネームは「Aさん」に置き換えました。Aさんは本書前半の主要な登場人物です)
さらに、著者は、本書に掲載されていることを本人に知らせた支援団体について「余計なことしかしない」と批判しています。
これらの記述から、著者が取材対象者を意図的に欺いて情報を得ていたこと、取材対象者が拒絶の意思表示をしたにも関わらず公刊を続け、また文庫本化を行ったことがわかります。さらに、そのことを反省・謝罪し対処すべき問題ととらえず、むしろ露悪的に責任を棚上げしていることに本書の性質があらわれています。
2,野宿者の寝場所を公開することの危険
文章および写真によって本書に具体的に記載されている野宿者の寝場所は、発刊時はもとより現在も野宿者が就寝しているところがほとんどです。
近年において深刻な襲撃があった場所もあります。
野宿者の寝場所の詳細を当人の許可なく公開するのは重大な人権侵害であり、暴力や放火などの襲撃や嫌がらせをまねく危険があります。
3,野宿者のコミュニティに対する悪影響
野宿者は生き延びるための情報を交換し必要な助け合いを行っている側面があります。新たに寝場所に来た人に対しては、一定の警戒心は持ちつつも仲間として迎え、その人の暮らしを支えようとします。
本書は、このような助け合いを利用して野宿者と関わりを持ち、様々な情報を引き出して、当人たちの望まない形でそれらの情報を公開しています。
取材目的を隠した著者の行動と本書の公刊は、寝場所・炊き出しを中心とした野宿者のコミュニティにお互いへの疑心暗鬼をもたらし、とりわけ新たに野宿する人にとって不利益になります。野宿者や生活困窮者が生き延びるためにつくっている助け合いのネットワークやコミュニティに対する悪影響は大きく、それは私たちの生存に対する脅威となりうるものです。
4,野宿者・生活困窮者に対する差別・偏見の助長
本書には、野宿者と犯罪を結びつける記述、生活保護受給者に対して「不正受給」の印象と結びつけるような記述が繰り返しなされています。
また、都内のホームレスは炊き出しがあるため食べ物に困っていない、など野宿者や生活保護受給者の困窮を矮小化し、一面的に断定する記述も随所に見られます。
これらの記述は、実態を伝えるというより、ネガティプな像と恣意的に結びつけ、野宿者・生活困窮者のイメージを否定的に方向づけるものです。
著者が限られた期間、地域、対人関係で見聞きしたことをもとに、野宿者・生活困窮者をこのように断定し一般化することは、生活困窮者に対するスティグマを強化し、差別・偏見を助長するものです。これによって、生活困窮者が支援や制度を利用することをためらったり、野宿者の排除が正当化されたりなどといった悪影響が生じるおそれもあります。
5,取材目的のすりかえ
本書の「はじめに」で著者は、「明日は我が身」「何かの拍子で職を失い、食費が底をつき、家賃も払えなくなり、ホームレスになってしまうことが私は怖い」と、自分自身と世間一般の人々を重ねながら生活に根差した不安を書いています。
そして、「(コロナ禍と東京五輪で日本が揺れている中、)貧困の最前線とも言えるホームレスは果たしてどんな状況に置かれているのか?」という問いを、取材目的として掲げています。
これらの文言は、この取材に公共的な意義があるかのように読めます。しかし実際の本文では、野宿者・生活困窮者をのぞき見的に観察し、消費する対象として扱う「まなざしの暴力」が全体に表れています。
著者は、野宿者・生活困窮者の生活領域に侵入し、立場を偽り、相手をあざむき通したまま、冷笑と共感を混ぜながら「おもしろさ」のネタとして扱い、貧困と困難の中で生きのびているそれぞれのありようを娯楽的コンテンツとして書き立て、搾取しています。
「はじめに」にある当事者性の標榜と取材目的は、このような本書の本質をつくろうための、表面的な言葉に聞こえてなりません。
さらに、東京オリンピック・パラリンピック(※)の開催時期に取材を行ったことが本書の帯や「はじめに」にうたわれていますが、本文を読むと、東京五輪の路上生活への影響について(会話や見聞の中で見知った事柄程度の記述はありますが)積極的な調査や取材は行われておらず、著者の本当の関心はそこにはなかったことがわかります。
※KADOKAWAは同大会の公式スポンサーです。
6,おわりに
本書は公刊されてから5年近く、文庫本化されてからも3年近くが経っています。
そして、その後も著者は野宿者をネタにする取材や執筆、動画の公開などを続けてきました。
私たちが『ルポ 路上メシ』への抗議を決意したのは、野宿者や生活困窮者の人権を侵害し、差別する、そのような活動が継続されていたためもありました。また、著者の活動が、インターネットなどにおける、野宿者の人権を軽視する表現や行動を煽る懸念も感じてきました。
刊行から月日が経過していても、本書が流通していることによる、取材対象となった場所や人たちに対する影響は看過できません。『ルポ 路上メシ』についてその取材手法、個人の特定、寝場所の公開、コミュニティへの影響、差別を助長する表現などの問題が明らかになった現在、本書についてもその問題性が改めて検証されるべきです。取材の内容や場所について著者に示唆を与え、長年にわたって本書を公刊してきた出版社・編集者の責任は重いと私たちは考えています。
私たちは野宿者・生活困窮者への人権侵害・差別である本書に対して強く抗議し、本書(単行本・文庫本)の書店からの回収および図書館に対する返品要請・電子書籍の配信停止を求めます。
ねる会議