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2023年12月29日金曜日

2023-2024年越年越冬実行委員会に<ねる会議>が参加しないことについて

ねる会議は、近年、年末年始に行われる渋谷越年越冬闘争(以下、渋谷越年)に参加してきました。渋谷越年は、寒い時期に困窮(こんきゅう)する人たちと共に生き延びていくための共同炊事や寝場所作りなどを、<のじれん><ねる会議><有志>による渋谷越年越冬闘争実行員会(以下、越冬実)として取り組んできました。ねる会議は、主に寝場所作りを担っていました。

今月22日、近年の越年でセクハラが起こっていたこと、それらに対応が行われていないことについて、被害を受けた方々のお話を聞いている方から越冬実のメーリングリスト(以下:越冬ML)に訴えがありました。被害の訴えは、昨年の越年中にも、<のじれん>のメーリングリストで共有されたようですが、越冬実に共有されず対応も行われませんでした。

越年で起こったこれらの出来事が長期間放置されてしまったことを、越冬実に参加していた<ねる会議>として被害を受けた方に深くお詫び申し上げます。

ねる会議は、今年度の越冬実で誰もが安心できる取り組みを行う事は難しいと判断したために、越冬実に参加しないことにしました。

●ねる会議が越冬実に参加しない理由

1)セクハラ被害について勇気を出して告発して下さった方がいたにも関わらず、<のじれん>で対応が行われてこなかったこと。越冬実の寄り合いや越冬実MLにおいても、被害を否定するような発言や告発した人へ批判を向けて口を封じるような発言がなされたこと。それらに対して、<のじれん>からの見解が出されていないこと。

2)野宿者が中心となって、ひとりひとりの生活のための活動を行う<ねる会議>と、支援者が中心となって百数食の炊事と配食を行う野宿者支援団体では、場の作り方や優先順位の違いなどがあること。また、越年実の寄り合いで、どのような場づくりを行うか、改善の糸口がさぐれないままであること。

3)<のじれん>の共同炊事において、セクハラなどが起こった際に「誰も排除しない」というポリシーを理由に適切な対応がなされないことが繰り返されていること。また様々な人が多く参加していても、男性中心の支援体制および組織のあり方が性差別への対応を困難にしていること。

近年の越年では、共同炊事と寝場所づくりを別々に取り組んでおり、越冬実全体の寄り合いで問題が共有するような信頼関係が不足していました。
今年度の越冬実に対して、ねる会議メンバーより、共に取り組む姿勢を求めたこともありました。しかし、そのための課題があまりに多いことが明らかになってきました。
そのため、ねる会議として、規模を縮小して、今年度は<安心していられる場をめざす 年越しねる会議特別版>を行うことにしました。

私たち、ねる会議は野宿者が中心になり活動する団体であり、「野宿の仲間のため」という口実を使ってパワハラやセクハラが軽視されること、また被害にあった人が去っていくような、あるいは我慢するような取り組みを望んでいません。

ねる会議は大規模な共同炊事を行う力はありませんが、野宿者と支援に関わる人が安心していられる場作りに取り組んでいきたいと考えています。

2023年12月27日水曜日

安心していられる場をめざす 年越しねる会議 特別版

ねる会議は、野宿者を中心とした団体です。
年末年始で仕事が減り、行き場所のない野宿の人たちが、共に生きていくための取り組みを行います。

場所 渋谷区立神宮通公園南側(明治通り沿い)
日程 12月28日〜1月4日
(詳しい時間はチラシのタイムスケジュールをご覧ください)
主催 ねる会議
問合 nerukaigi@gmail.com

※今年度の渋谷越年越冬闘争実行委員会(渋谷越冬実)で、安全な場をつくることが難しいと判断したため、
今年度は渋谷越冬実には参加せず、ねる会議として年越し闘争を行います。
※年越しねる会議では<炊き出し>は行いません。寝場所づくり(集団野営)・お湯の提供・上映会・寄り合い・渋谷区交渉・銭湯行動を行います。
※ねる会議は<のじれん>とは異なる団体です。
※暴力・セクハラ・手配師・お酒はお断りしています。
※写真や動画の撮影はお断りしています。
※カッブラーメン、お菓子、カイロ、ティーパック、インスタントコーヒーのカンパ(差し入れ)よろしくおねがいします。

戦争や虐殺でたくさんの命がないがしろにされている現在、異なる人たちが共に生きのびることについて考えていきたいと思います

추운 겨울을 함께 살아남자.
Vamos sobreviver juntos ao frio do inverno.
කූඩාරමක නිදාගන්නත් පුළුවන්.
Có thể ngủ ở trong lều
คุณ นอน ได้ ที่ เต็นท์.
Pwede ka matulog sa tent.
你可以睡在一個帳篷裡.
你可以睡在一个帐篷里.
If you are looking for somewhere to sleep, you can sleep in a one-person tent.


2023年12月24日日曜日

渋谷区の野宿者襲撃許さない! 渋谷区役所前抗議行動と人権救済申し立て報告集会レポート

12月14日。美竹公園での苛烈な野宿者排除を逃れ、神宮通公園に移転した野宿者たちのテントや荷物、すべての所有物を、渋谷区が強奪してからちょうど1年が経ちました。

私たちはこの節目の日、昨年の渋谷区による襲撃とも呼ぶべき野宿者排除について、東京弁護士会に人権救済申し立てを行うことにし、それを知らせるための抗議行動と報告集会を開催しました。

■抗議行動

抵抗の基本は寝ること、食べること、生きること。ということで、抗議行動の前に、まずは公園でカレーを作りました。同時に、集まった皆でプラカード作りも。
時刻がちょうど16時を回るころ、「ちょうど今頃、この場所で…」と、渋谷区職員や警備員が大挙して公園に突入してきた、あの瞬間を思い出しました。今でもあの恐怖が蘇ってくるようです。
 



そして17時には区役所前に場所を移し、抗議情宣を開始。と、同時に、カレーの炊き出しを行いました。
「長谷部健渋谷区長の野宿者襲撃許さない!」という大きなバナーを広げ、何人もの仲間がマイクでアピールを行いました。

 
通り過ぎる人々にビラを渡そうとすると、警備員が妨害してきましたが、それにもめげずに情宣をやり遂げました。
「渋谷区は野宿者排除をやめろ!長谷部健区長は出てこい!」


■ 報告集会

夕方6時半からは渋谷勤労福祉会館で報告集会を開催。多くの人が抗議行動に引き続き参加してくれて、出席者は30人でした。

□ 映像でのふりかえり
まずは、美竹公園、神宮通公園での追い出しを、解説を差しはさみながら映像で振り返りました。

10月25日の美竹公園の映像は、早朝6時半、公園内で生活していた人が物音に気づき、説明なしにはじめられた封鎖のようすを撮影したもの(https://www.youtube.com/watch?v=iMapduIES8Q)。そこに寝起きしている人の問いかけを、渋谷区職員が一切無視して公園を封鎖、トイレを使えなくている様子が映し出されており、渋谷区の言う「丁寧なお声がけ」の実態がよく分かる内容です。

12月14日の神宮通公園の映像は、その日の朝から夕方まで、多くの人の撮影をつなぎ合わせたもの。朝10時半ごろに公園を訪れた渋谷区職員が、「公園利用禁止」をおくびにも出していなかったこと。夕方4時ごろ、公園課長が園内の野宿者、支援者をおびき出し、人垣を作ってテントに近づけなくして、寝床や荷物の強奪をはじめたこと。中にいた人たちは警備員に取り囲まれ、目の前で生活に欠かせない荷物が奪われていく中、自分の荷物を返せと叫んでも一切無視されたこと。公園入り口にも警備員が立ちふさがり、外から応援に来た人が立ち入るのを阻んだことが分かります。

いずれも、人を人と思わない渋谷区による追い出しの暴力が、まざまざと感じられる映像です。見るのが辛くなる内容ですが、改めて追い出しの不当性が確認できました。

□ 弁護士による人権救済申し立ての解説
 


続いて、代理人の山本志都、吉田哲也両弁護士から、人権救済申し立ての解説。

山本弁護士からは、人権救済申し立てという制度の概要、これまでの経緯と、これからの展望について解説。渋谷区による追い出しを繰り返させないために何が必要か、被害を受けた人たちの間で議論した上で、弁護士会に対して調査と対応を求める申し立てを選択したこと、これからも証拠調べなど手続きが続くこと、などについて説明がありました。また、公共の場所をどんどんと狭めていく、再開発の問題点についても指摘がありました。

吉田弁護士からは、追い出しの酷さについて改めて怒りの表明の上で、今回の追い出しの違憲性、違法性についての解説。福祉を受けることを強制し、そうでなければ放り出すような追い出しは、自己決定権を損なうものであること、結論があらかじめ決まっている「話し合い」は、社会権規約が求める「真の協議」とは言えないこと、などについて説明がありました。

□ 申立人の発言
 
続いて、申立人1団体、個人7名のうち6名からの発言がありました。それぞれの要旨は次のとおりです。

ねる会議「2010年の宮下公園追い出し裁判での一部勝訴、2012年の3ヶ所同時封鎖に対する第二東京弁護士会からの勧告を経ても、渋谷区による追い出しは続いてしまっています。一方、宮下公園追い出しの裁判で、かつぎあげるような形で追い出したことが違法とされてから、渋谷区はそのようなやり方はギリギリしないようになりました。美竹公園で公園に残った人は、その裁判を覚えていて、自分が外に出なければ引っ張り出されることはないんだ、と言っていたし、出なければ良いんだ、ということがみんなで再確認できました。だからこそ、神宮通公園ではあんなにひどいことがあったけれど、みんな公園から出ずに抗議できたし、今の現状にもつながっています。少しずつではあるけれど、積み重ねはあります。今回は、前回より一歩二歩進んだ内容にしたいと思っています」

Dさん「去年僕はこの現場にいました。長いことホームレス生活してて、初めてこういう恐ろしいことを経験しました。これがお役所のやることかと思って、驚きしななかったです。今は生活保護を受けて暮らしてますけど、あれは本当にひどいことだったなと思います。それもあるけど、こうやって知らない人とつながったりできたのも良かったかなと思います」

Eさん「12月14日は帰ってきたらあんなことになってて、中に入れない状態だったんですけど、中に自分の荷物があるといったら入れてくれたんだけど、なんと言ったか課長が腕をつかんできたので、警察に通報したんですけど、来てくれませんでした。トラウマにもなって、渋谷区に関わりたくないという人もいて、その気持も分かるんです。でも、何もしないと向こうの思い通りになって、それを避けるためにも申し立てというのは重要だと思います。来てくれた人、ありがとうございます」

Fさん「われわれの生活を守ろう!」続いて、詩の朗読。「夜明けの空に明星光る時、わが心に無念の青き炎燃え上がる。真のやすらぎつかむまで、闘いは続く」

Gさん「10月25日以降の美竹公園では、いつ動きがあってもいいように、張り番というのをやっていました。外から来ている私達でさえすごく不安だったので、公園で暮らしている人たちがどれだけの思いだったのかというのは想像してあまりあると思っています。12月の神宮通公園では、目の前で荷物がどんどんもって行かれる、やめろと言っても、向こうに行かせろと言っても物理的に阻まれる。本当に悔しい思いをしました。私は自分の荷物を持っていかれたわけではないんですけれども、目の前で不法不当な行為が行われているのを見せつけられた、そのことの精神的苦痛が大きくて、私も申立人になろうと決めました。起こったことをなかったことにはさせたくない」

Hさん「10月25日、野宿の方がひとり美竹公園で監禁されてる状況を目の当たりにして、目の前にいる人間を完全に無視して、こんなようなことが行われるということが、本当に恐怖に感じました。それから何度話し合いをしても何の解決もないので、なんとか頑張って、神宮通公園に移動できたんですね。移動した日は、少しだけみんな安堵はあったと思います。安堵があったと言っても、自分の生活の場の思い出や、それが奪われる喪失を噛みしめる間もなく、行政がすべてを奪って、公園を更地にしてしまったということが、驚愕でした。この間福祉が『自立しましょう』とか『社会復帰』とかいう言葉をよく使うけれど、野宿しているというだけで自立していないとか、社会にいないとみなされること自体が人権侵害だと思うし、役所のいう社会ってどこのことなのか、全然わからないです。私は家はありますけれど、12月14日に自分の荷物を奪われたので、家に帰れなくなりました。自立しろ、社会に復帰しろと言い続けている人たちが、自分たちが社会にいるとみなしていない野宿者にさせるという、支離滅裂な状態を、なんと説明していいかわからないですし、とにかく謝ってほしいです」

Iさん「渋谷区どうなってるんだと思っているのは、役所によるビデオ撮影が問題だという意識が全然ないんですよね。今回も、みんながひどい目にあってるところを役所の職員が平気な顔で撮影してました。開示請求してビデオが出てきたら、もっと詳しいことが分かるかも、と思ってます」

最後に、会場からの質疑応答があって、閉会となりました。

この日に提出した申立書については、後日ブログに掲載します。

2023年12月17日日曜日

神宮通公園などのトイレ・ゴミ箱に関する要望の一部、実現

12月4日に陳情の形で区議会に提出した、同要望について、区議会(区民環境委員会)で審査し、「趣旨を関係者に伝える」ことに決定した。区議会が陳情について、趣旨を汲み取ったということである。

12月15日、公園課の担当者から「神宮通公園南側にトイレがあるという案内を北側の3箇所に掲示する」という電話があった。
要望のうち、私たちが早急に求めていたことが実現することになった。
しかし、年末年始の仮設トイレ、公園のゴミ箱、北側のトイレ新設については具体的な回答を得られなかった。
渋谷区に前向きに検討するよう改めて求めたい。



2023年12月11日月曜日

2023年12月14日 渋谷区の野宿者襲撃許さない 人権救済申し立て報告集会と渋谷区に対する抗議行動

 昨年10月25日早朝、渋谷区・東京都・ヒューリック・清水建設による美竹公園一帯の「渋谷一丁目地区共同開発事業」に基づき、野宿者がテントをはって生活している美竹公園を渋谷区は強制封鎖しようとしました。野宿者が目を覚ました時には、フェンスでトイレや出入り口の封鎖を始めていました。中にいた野宿者は説明を求めましたが無視されたままでした。多くの人の抗議により、公園出入り口の一部を渋谷区が開いたのは、夜12時をまわっていました。
それから、美竹公園の野宿者は、常に警備員に出入りを監視され、いつ排除されるか分からない強い不安とストレスの中に置かれました。
渋谷区は、私たちの訴えに耳を傾けようともしない不毛な話し合いをアリバイとして行いながら、一方で行政代執行という強制排除の法的手続きを進め、さらには、美竹公園の仮囲いを強化(鋼板設営&警備)するための7900万円もの臨時予算を12月7日、可決しました。
美竹公園の野宿者は、公園封鎖の危険を察知し、12月13日に、近くの神宮通公園北側へ避難しました。翌朝、渋谷区は美竹公園一帯に鋼板を設置し始めました。その上で、夕方、大量の警備員を引き連れて、神宮通公園北側を急襲しました。野宿者や支援者を警備員の人垣で取り囲み、身動きが取れなくし、新たに作った小屋や荷物(財布・衣服・薬・メガネ・携帯・アルミ缶など)、ねる会議倉庫や毛布など一切合切を持ち去りました。

来る12月14日、あの暴虐の時から1年目にして、私たちは、渋谷区の一連の人権侵害に対して、東京弁護士会に人権救済申し立てを行い、渋谷区に対する抗議行動および集会を持ちます。
みなさんのご参加をお待ちしています。

<渋谷区に対する抗議行動>

17時 区役所前 炊き出し&情宣

<人権救済申し立て報告集会>
18時半 開会 激動の1年前を映像で振り返る 弁護士による説明 申立人あいさつ など

場所 渋谷区勤労福祉会館2F第二洋室(渋谷区神南1-19-8)
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/shisetsu/shuro/kinro/kinro.html

※資料あります(カンパ制)
※撮影、録音、取材の方は、事前にメールにて申し出ください。撮影については主催からのお願いを守ってください。生配信はお断りします。
※勤労福祉会館は2階へ上がるためのエレベーターはありません。サポートが必要な方はスタッフにお知らせください。

※情報保障などサポートや配慮が必要な方は、事前にお知らせください。ご相談の上できるだけ対応いたします。


主催 ねる会議 http://minnanokouenn.blogspot.com/?m=1
問合先 nerukaigi@gmail.com


2023年12月5日火曜日

神宮通公園などのトイレ・ゴミ箱について、渋谷区に要望しました

渋谷区公園課に要望書として、渋谷区議会(第4回定例会ー現在開会中)に陳情として、提出しました。
内容は以下の要望書をお読みください。
ーーーーーー

神宮通公園などのトイレ・ゴミ箱についての要望書
 

渋谷区長谷部健区長
渋谷区土木部長

神宮通公園は明治通りに面した南側と線路に面した北側に2分され、その間に土木事務所が入るマンションがあるため、相互に直接行き来することはできない。
公衆トイレがあるのは南側のみである。
南側トイレは、著名な建築家の設計で、国際的な映画監督による作品舞台になるなど注目されているが、女性用の個室1つ、男性用の小便器2つ・個室1つ、多目的トイレ1つしかなく、トイレを待つ人がよく見受けられる。
美竹公園は閉鎖中、宮下公園南側にあった小公園のトイレも廃止され、近辺の公衆トイレはその数を減らしている。

このような状況下にあって、神宮通公園(北側・南側)で立ち小便をする来街者が後をたたない。とくに、近隣でイベントなどが行われる折には、1時間に10名前後が公園北側に立ち小便にやってくることもある。また、小便だけではなく、大便をされることも起きている。

また、神宮通公園には、一般利用できるゴミ箱がないため、来園者によるゴミが捨てられている。

以下、要望する。

1,神宮通公園北側の出入り口など目につきやすい場所、複数箇所に、「トイレは◯メートル先の明治通り沿いの公園にあります。ここにはありません」などのトイレを示す分りやすい掲示を早急に行うこと
2,来街者が増える年末・年始、明治通り沿い(土木事務所前の3角スペースなど)や神宮通公園北側に仮設トイレを設けること
3,神宮通公園北側にトイレを設けること
4,神宮通公園にゴミ箱を設けること

2023年11月27日
ねる会議


2023年7月31日月曜日

7月22日「報告とおやつ」レボート

7月22日、真夏日とは言え夜風が涼しい神宮通公園には40人ほどが集まった。いつも寄り合いで使うイスや段ボールに腰を下ろし、スイカを分け合う。


「誰もがいられる公共の場所を作るためにこの報告会を開いた」と司会から趣旨が話され、昨秋以降の渋谷区による美竹公園、神宮通公園の野宿者排除についての報告会が開始された。

最初の報告者からは、これまでの美竹公園、神宮通公園の経緯が話された。
「美竹公園では98年からのじれんが共同炊事を始めた。その頃は東京都児童館が隣接していて、閉館後に飯づくりや寄り合い、集団野営が行われていた。」
まだ広く樹木もたくさんあった頃の美竹公園の写真がスクリーンに映し出されるとどこからともなく「おぉ」と声が漏れる。



「2012年に、美竹公園・渋谷区地下駐車場・公衆トイレの三か所を一斉封鎖して野宿者排除をするという出来事があった。その後、美竹公園では行政代執行の手続きが取られたので、昨秋の一件は二度目の行政代執行ということになる。一度目の行政代執行のあと、交番が作られた。
2013年に東京五輪招致が決まると、その年末、宮下公園で行われていた越年越冬闘争を機動隊が大挙して強制排除するという出来事があった。排除されたあと、神宮通公園(南側)で越年を続けた。10年前の神宮通公園はフェンスも低く、今よりも少し広かった。2014年以降、292日間粘って夜間施錠を阻止する行動もやった。」

この10年間、追い出しが繰り返されてきたが、美竹公園も神宮通公園も皆で守ってきた場所だということが改めて確認された。

二番目の報告者は、渋谷区の街づくりの問題点について報告した。
「渋谷区は公共の場で野宿者が寝泊りしたり荷物を置いたりすることについて、絶対にダメだと一貫して言ってきた。その姿勢が2つの現れ方をしている。1つは福祉的アプローチ、つまりハウジングファーストをはじめとした福祉を手厚くやっていると強弁するもの。もう1つは福祉に乗らない人への徹底的な排除。この2つはコインの裏表として行われてきた。
渋谷区はプレスリリースで『(10月)25日には、路上生活者の社会復帰を目的とするのではなく、公共スペースに起居させることを目的として活動している団体が、警備の制止を振り切り、閉鎖した公園内に侵入しました。』と書いている。起居『させている』という言い方は、野宿者の主体性をまるで無視した言い方で、支援者や活動家がそそのかしていると言わんばかりだ。野宿者が自分たちの力で生活を営み、関係性を築き、場を作っていっていることを無視していて、何重にも誤っている。そういう野宿者の主体性を軽視したあり方が排除に結びついているのだろう。
そういった渋谷区の姿勢に感化されるような形で様々な襲撃が起こっている。今年の4月にも神宮通公園南側で襲撃があり、加害者は『生保を取れ』と言いながら石を投げてきた。渋谷区がやっていることとほぼ同じこと。行政のあり方に影響されている。
それに対して私達が言ってきたのは『わたしたち野宿者はこの街で生きている』ということだ。私たちの要求は「代替地を出せ」つまり、同じような公共の空間において生活を継続させろ、ということで、この部分が渋谷区と一番ぶつかっていた部分だ。」
「なぜ渋谷区が公共の空間で野宿者を生活させないようにしているのか。それは渋谷の再開発が公共の空間に民間企業が参入してくるというやり方をしていることと関係しているだろう。こういう状況で、どう公共の空間を守り使っていけるのかが課題だ。」

三番目の報告者からは、渋谷区の再開発と野宿者排除に対して私たちが何をしてきたのか、再開発の本格化から強制封鎖前夜まで、スライドで年表を示しながら報告された。2021年3月に美竹公園再開発の事業実施方針が公表されるも、当時はコロナ禍で皆で集まって行動することが難しい時期で試行錯誤したという。事業実施の審査員にハガキを送るハガキ作戦では皆がそれぞれ思い思いの言葉を書いたこと、強制封鎖の2週間前には美竹公園で渋谷秋まつりが行われたことなどが話された。

渋谷区との交渉は主に総務課、公園課、まちづくり3課を相手に行っており、2020年までは課長級が出てきたが、2021年度以降役職者を出してこなくなり、公開情報以外喋らない、しらを切るという態度だった。相手がハナから追い出すつもりでいる時に交渉を成立させるのは難しかったが、情報を引き出したり、皆で行動するきっかけになったりという意義はあったと振り返った。

最後の報告者は、10月25日の美竹公園強制封鎖以降の出来事について写真を見せながら報告した。
「10月25日の強制封鎖に先駆けて、渋谷区は10月11日から神宮通公園の夜間閉鎖、プランターの設置など、追い出された野宿者の逃げ場を塞ぐということをやっていた。10月18日にはねる会議が、19日には美竹公園の野宿者が、公園を突然閉めるようなことはしないでほしいと伝えていた。
にもかかわらず、10月25日の朝、渋谷区職員や警備員が突然大量にやってきて公園を封鎖した。さらに外から中が見えないように目隠しをし、野宿者を大勢で取り囲んで福祉を受けろと迫った。半ば脅しだ。トイレも封鎖し、水道も止めるという人権侵害の中、とにかく中に残った人が心配だったので、タイミングを見計らって中に入った。夜遅くようやく課長が現れ、公園を閉めさせずに翌日を迎えた。
翌日、何を尋ねても渋谷区は一切答えない。『これまで丁寧にお声をかけてきた』としか言わない。公園は利用禁止にされ、納得がいかず、監視行動を毎日やった。」

その後、行政代執行の手続きが開始され、再び強行な手段が取られないよう話し合いやデモなどに取り組んだことを振り返った。12月13日、ついに話し合いにこぎつけるも、代替地を要求する私たちに対し、渋谷区はそんな場所は出せない、福祉を受けろの一点張り。そこでその夜、美竹公園から神宮通公園に自分たちで移動した。
「すると翌12月14日、渋谷区は美竹公園を再封鎖した。夕方、美竹公園の封鎖のために4000万円以上の予算をつけて雇っていた警備員と渋谷区職員が神宮通公園に100人くらいで来襲し、財布も衣類も薬も、身ぐるみ剥がして行った。とても寒かった。仲間が毛布を持ってきてくれたり、段ボールを集めたりして、なんとか寝た。」


「その日からこの公園の前に警備員がずらっと並ぶようになった。この日から神宮通公園も利用禁止にされた。渋谷区はその理由を、近隣住民が放火や騒音などの不安がある中、さらに荷物が置かれたためだと説明した。次の日、渋谷区の倉庫に荷物を取り返しに行った。美竹公園でも行政代執行が行われた。そこでも大量の警備員が用意された。その警備員たちが再び神宮通公園に来るのではないかと心配で応援を呼びかけた。越年越冬闘争も神宮通公園南側で実施した。」
「私たちは公園の利用禁止をどう解除させるかということを考えていた。実際には神宮通公園は一般の人たちも利用しているのに利用禁止にしている。矛盾を作っているのは渋谷区だった。渋谷区の区民の皆さんが要望書を出してくれた。住民の迷惑という言い分を覆すような行動だった。そして2月1日、利用禁止が解除された。たくさんの人の協力の中で公共の公園が守られた。公園には、保育園の人たち、掃除の人たち、野宿者も含め色んな人がいる。野宿者がいることで不適切な公園というのはやめてほしい。」 

続いて、美竹公園・神宮通公園からの野宿者排除に抗する取り組みに様々な形で支援を寄せてくれた方々から発言があった。

まずは渋谷区に対して公園の利用禁止を解除するよう要望書を出してくれた区民の方から。
「渋谷区が神宮通公園まで封鎖しようとしたことで、いい加減にしてほしいと思った。これまでもヘイトスピーチに対する条例を作ってほしいと申し入れたりした経験があり、短期間で要望書を作って10人くらいで渋谷区役所に行った。公園課、まちづくり課、広報課を回って責任者の対応を求めたが、どの課も最初は逃げていた。最終的には出てきてくれたが感触は悪かった。その際、公園の利用禁止を続けるのかどうか答えを聞きたいと言ったのに未だ回答はない。そうこうしているうちに利用禁止が解除された。野宿者排除をする区民もいる中で、そうじゃない区民もいるということを示すことは必要。区政は全然いいと思わない。区長を下ろすということをやっていきたい。」
「少しでも役に立てたなら良かった。渋谷区では再開発がとにかく行われている。企業や行政に働きかけること、もっとやっていきたい。」
「この間の選挙のとき、買いものをしていたら前からたまたま長谷部区長が歩いてきた。選挙のときだけニコニコして、私たちが話を聞いて欲しいときには相手にしないじゃないか、と言えた。野宿者排除のことも言った。目つきが変わった。長谷部は是非話し合おうと言ったが、本当に話し合うつもりがあるのだろうか。」

続いて12月14日の神宮通公園の襲撃以降、連日駆け付けてくれた方から。
「自分は入管問題に取り組んでいる。入管のことと野宿者のことは通じていると思う。街の中にいるのにいないものとするという点や、どんなことをしても強行するという点が。やはり我々が声を出さなければならない。人は何が起こるかわからないということを身をもって経験している。そのときに色んな人がいるということがわかるだけでも助かった。色んな人がいていい社会を作りたい。この場所があるということは僕にとって大きなことだ。」

江東区の竪川河川敷公園から応援に駆けつけてくれた野宿者も発言した。
「渋谷区の強制排除は悲しかった。自分も竪川で行政代執行を2回受けて、去年の2月で10年経った。どこへ行っても野宿者同士のつながりは大事だ。行政は嘘の塊、国もそう。一人一人を大事にしない。信用するのは周りにいる仲間だ。動ける間は助け合いたい。各地で野宿者排除が起こるのは悲しいこと。手に負えないから強制的にやるというのには反対だ。何かあったら皆で集れば最高の力じゃないか。」

最後に、神宮通公園に暮らす当事者がマイクを握った。
「神宮通公園が襲われたとき、人が中にいる場合には入口は封鎖できない、だから公園の中にとどまらなきゃいけないと思って頑張った。警備員が威圧する中で長時間緊張状態だったが、いろいろな支援をいただいて本当に助かった。」

涼し気なフルーツ寒天ゼリーが配られる中、司会から「皆、元気です。なるべく野宿者同士で力を強めていこうと『ホームレス情報センター』という取り組みも始めています」と近況が報告された。そして「これからもこの街で一緒に生きていけるように」と報告会は幕を閉じた。